2023年の春、私たちはデンマークへ渡り、ロラン島在住のニールセン北村朋子さんに出会いました。
朋子さんは「子どもと若者がありのままにのびのび生きられる社会をつくりたい」という思いで、デンマークと日本をつなぐ架け橋として活動されている方です。
世界的に優れた環境エネルギー政策、日本とは全く異なる教育や就職の仕組みなど、デンマークの日常を学びながら朋子さんと過ごす日々は衝撃的で、価値観が変わる濃密な時間でした。
「この数分を省いてまで大事にしたいことがあるのか?って昔、デンマークの人に言われたの」
お出掛けの際、椅子に座る朋子さんが誰よりもゆっくり靴紐を結び直しながら、そんなエピソードを聞かせてくれたことがあります。
言われてみれば、どうして急ぐように靴を履いてしまうのだろう。できた僅かな時間で何をしたかったのだっけ。
こうした問いは様々なシーンで生まれ、「そもそも自分は何を大事にしているのか」から「私たちはどのように生き、どこへ向かいたいのか」までに至り、帰国した今もなお揺さぶられ続けています。
次は尾鷲でお会いしましょう!とデンマークで交わした約束は嬉しいことに早々に実現し、2024年2月末に朋子さんをお迎えしてトークイベント『尾鷲とデンマーク 何が違うの?』を一緒に開催しました。
ニールセン北村朋子さん(写真左)
文化翻訳家/Cultural Translator。会社員、米国留学、フリーの映像翻訳家を経て2001年デンマーク・ロラン島に移住。京都芸術大学 食文化デザインコース講師(2024年4月開講)。食のフォルケホイスコーレ開校のため様々な国際プロジェクトを企画、運営。デンマーク食糧省フードコミュニティプロジェクトのクリナリーアドバイザー。日本サステイナブル・レストラン協会アドバイザー。AIDA DESIGN LAB理事。オンラインコミュニティDANSK主宰。埋もれた価値の発掘と、新しい価値の創造をテーマに活動。教育、食、民主主義、政治、エネルギーなど、分野を横断して考えることを大切にしている。子どもと若者が幸せにありのままにのびのび生きられる社会をつくること、世界中の人がおいしくて健康な食を享受できる平和な社会をつくることがMY WILL。2012年デンマーク・ジャーナリスト協会東デンマーク地区ジャーナリスト賞受賞。著書:『ロラン島のエコ・チャレンジ〜デンマーク発100%自然エネルギーの島』(2012)https://tomoko-kitamura-nielsen.studio.site
まずは、北村さんによるデンマークの紹介から始まります。
デンマークは北欧の小さな国で、大きさは九州ほど。日本よりもうんと少ない596万人が暮らしているそうです。
スカイマウンテンと呼ばれる最も高い山が標高175mというほど平坦な土地には、風が良く通り、風力発電が盛ん。デザイン大国としても知られ、家具などはもちろん、まちづくりや政策デザイン、食のデザインなど多分野で世界中から注目されています。
「そもそも教育とは?そもそも食とは?と、“そもそも”を考えるのが得意な国だと思います。今までやってきたことを一回置いて、本当はどういうことだっけ、何のためにするんだっけと考えることを定期的にしているんです」
例えば、人が人らしく暮らすことのできる街のほうが良いと、歩行者や自転車に優しいまちづくりが盛んに行われ、大人から子どもまで、国会議員や国王までもが移動に自転車をよく利用しているそう。
「周りのSPもみんな自転車に乗ってね。自転車用の信号や高速道路もあるし、時速20kmで走ると全部青信号になるように設計されているんです。車より早く着けて便利。デンマークには自然なテンポで生きたいって人が多いと思います」
幼稚園や保育園では毎日3〜5時間も自然の中で遊ぶ時間が多く設けられ、子どもたちは健康的で病気にかかりにくく、勉強に集中できるように育つといいます。
学校では校則や成績表が無く、試験は卒業試験がある程度。卒業後のギャップイヤー取得が定着していて、高校を卒業後にそのまま大学へ進学する人はわずか15%ほどで、85%がギャップイヤーを取得し、その半数は3年以上を過ごすのだとか。
大学も入試がなく、また国立大学のみで、どこの大学がエリートだというヒエラルキーがない。学びたい分野、教授のもとへ行き、その先の就職も社会的ステータスは関係なく、やりたい仕事で自分が望むライフスタイルを保てるかという観点で選ぶのだそう。
「大学を卒業した後も1〜2年ギャップイヤーをとってから自分の本当に行きたい就職先へ行くんですね。日本と比べると非常にゆっくり進んでいきます」
「みんな自分のやりたい方向へ向かうことが前提なので、誰かを蹴落として自分だけのし上がるという考えは無くて。クラスメイトや同僚はライバルではなく友人であり、協力者。それぞれ自分が持っているものをどう活かし、お互いが共鳴し合えるかが大事で、コラボレーションの仲間です」
職に対して貴賤があまりなく、他人の仕事をうらやむようなことも少ないといいます。
「デンマークの教育では自信よりも自尊心を育むという考え方があります。例えば、誰かに絵を褒めてもらうことで自信が身に付くことよりも、絵を描いている自分のことが好きって感じられるように。他人の評価ではなく、自分がそれに対してどう思うかを大事にできる子を育てましょうって」
デンマークは高福祉高負担の国としても知られています。
税金は高いけれど、医療費や介護費、大学までの教育費が無料で、子育て支援も充実しているため、貯金の目的は将来のためではなく「来年のバカンスのため」だとか。仕事は休みがしっかり設けられて残業はほぼないから、家族との時間を大切にできるといいます。
こうした政策も上手くいっていることで、デンマークは世界幸福度ランキングで毎回上位にランクインします。私たちもデンマークを訪れた際、街の人たちが皆明るい表情なのが印象的でした。朋子さんもいつも穏やかでにこにこした表情です。
「デンマークへ来てから怒られたことはほとんど無いです。知らない国に住みはじめて、間違えたことをたくさんやったはずなのに。なんで怒らないの?って聞いてみたら、怒っても何も解決しないよねって」
「誰かが失敗しちゃったり、思い通りにいかないとき、デンマーク人は『大丈夫だよ』とよく声をかけます。私たちがいるし何とか出来るよって。あなたの責任だと突き放されるのことはないから、自分は一人じゃないんだな、何とかなると思えるんです」
朋子さんは昨年、息子さんや知り合いの親子が参加するバレーボールのチームに加わり、練習を始めたのだそう。最初は試合を観戦しているだけだったけれど、「観ているだけよりも一緒にやったほうが絶対楽しいよ!」と誘われたのだとか。
何度か練習を重ねるうちに怪我をすると「いい歳してそんなことするから」と言う人はいなかった。反対に「若い人でも怪我するときはするから仕方ないよ」と励ましてくれ、周りの人たちが病院への送迎やしばらくの買い物の手伝いを役割分担してくれたといいます。
みんなで支え合う“しあわせな国”は一方で、一人当たりのGDPが世界上位。日本よりも高いのです。
「あまり苦手なことを頑張れと言われない国で、お互いの得意をレゴのようにくっつけ合って新しい何かを生み出しているというか。イノベーションが起きやすいのだと思います」
朋子さんの話を聞けば聞くほど、私たちが暮らす環境との違いを感じてしまいます。でも違うと片付けてしまわずに、少しでも学んで私たちの未来へ役立てていきたいと思っています。
尾鷲の豊かな自然、文化を活かして、持続可能な地域をつくっていきたい。そんな思いで有志と共に2021年に立ち上げた一般社団法人つちからみのれは、2023年3月から尾鷲ヤードサービス株式会社さんの『おわせむかい農園』の場所を一部お借りして、子どもからおじいちゃんおばあちゃんまで誰でも来られるみんなの居場所『むむむ。』を運営しています。
毎週4日間は『むむむ。』を開いて様々な方が遊びに来られます。イベントでは甘夏畑で山の水を使った水鉄砲をしたり、地元のおばあちゃんとしめ縄の飾りを作ったり。
尾鷲で、向井で、豊かに暮らし続けるために。ここでチャレンジを重ねています。
むむむ。は最近1周年を迎えました。段々と地域の方や子どもたちが集まってくれるようになり、少しの手応えを感じるようになりましたが、まだまだ手探りな日々です。
デンマークのように、社会や地域を良くしていくためにはどんなことが必要なのでしょうか。朋子さんに質問すると「子どもと向き合うこと」だと教えてくれました。
子どもが「どうして?」と思うことを一緒に考え、話していくことが未来に繋がっていくのだと。
「子どもによって大人の意識も変わっていくものです。昨年、デンマークではゴミの回収の仕方が全国で統一されて変わったんですね。10種類のゴミに分別することになって、市民からすれば面倒くさい。それでどうしたかというと、どの町にもあるリサイクルセンターに課外学習で子どもたちを連れて行ってゴミ分別の仕方を教えて、じゃあ宿題ですと。週末にご両親やおじいちゃんおばあちゃんと一緒にまたリサイクルセンターに来て、今日伝えたことを説明してあげてくださいって」
「子どもの宿題となれば親は協力せざるを得ないし、おじいちゃんおばあちゃんは孫にすごく協力的。子どもが学んで伝えることで大人も変わっていきます。それが本当に早く世の中の仕組みを変えるやり方でもあると思います」
これからもいろんな子どもや大人の人にも、向井やむむむ。に遊びにきてほしいな。そして楽しい未来に向けて一緒にむむむ?と悩めたら嬉しいです。
朋子さん、初めての尾鷲はいかがでしたか?
「海から山まで、見える景色が本当に素晴らしくて、古い町並みもありつつ新しい取り組みをやっているところもあったり。子どもたちが年代を越えて毎日集えたり、走り回れる場所があるのも貴重だし」
「朝にお魚屋さんへ行って、やっぱり元気なお魚屋さんや八百屋さんのいる町って良いところだなって思いました。どこでも同じようなものが売られている中で、そうじゃなくてこの人のものを買うんだって、それを大事だと分かって大事にできている町だな、すごいなと思ったんですね。お会いした方々も地域がすごく好きだのだとお話の端々で感じられて」
「それと、何を食べても美味しい!絶対譲れない地元のものがある町って強いなって。帰ってくるきっかけになるというか。決して来易い場所じゃないけど、だからこそわざわざ来る、来たいって。そういうのを持っている町だと思いました。私も尾鷲わっぱを持って来年に戻ってきますね」
朋子さん、3日間ありがとうございました!次はまたデンマークでお会いしましょう。ぜひ来年も尾鷲へいらしてください。
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